ちかぢか
(副)
[1]ごく近い将来、もうすぐ、遠からず、きんきん
「お借りしたご本などは、近々部屋の前に下げておきます。
鍵も、郵便受けに入れておきます。」
と、メールが来てから、早、三週間近く、経つ
彼にとっての、「近々」、と、いうのは、いったい
どのくらいのスパンを指しているのだろうか
***
あるいは、別れた女の家に、本を返しに
鍵を返しに行く、というメロドラマなシーンを
自分の思い出のためにだけ、演じたいのかもしれない
と、さえ思えてくる
だって、ものを返すだけなら、交通費と時間と手間をかけて
わざわざ来る必要など、ないでしょう
迅速に、「近々」に、返すつもりが、ほんとうにあるならば
***
それとも、本にページ折込や書き込みをたくさんして
返すに返せない、とかなのだろうか
そんな状態なら、そのまま返されても困ってしまうけれど
いえ、困るどころか、激怒してしまうかも
なにしろ、その本の1/3、重要度では8割を占める本は
わたし自身、まだ通読していないのだ
通読どころか、何度も読み返している本もあるけれど
それとても、読み応えがあり、愛着があるから
恋人(であったとわたしが思い込んでいた相手)に
手渡したわけだから、それが汚されて返ってきたら
やっぱり、悲しい、というか、たぶん、怒り狂うだろう
そう、なんというか、お気に入りの楽器を
勝手にチューニングを変えられた結果
変なカスタマイズをされたような
強烈に、いやな気分になるにちがいない
とはいえ、彼にとってのわたしは道具だったようだから
その道具の道具に書き込みをしたり、ページを折ったりと
あれらの本を汚すことなど、彼は
なんとも思わないかもしれないけれど
さすがにそこまでにされた本が返ってきたら
…何らかの手段に出るしかない
***
あるいは、そもそも、自分で「近々」
と、書いた約束を守る気など
彼はないのかもしれない
「近々」、と、言ってから
本も鍵も返さないままに
傷心旅行に出かけられるようだし
わたしなど、対話する気もなかった
言いたいことを、最後に、ただ一方的に
投げつける的のような、ただの道具だったわけだし
自分で自分にした約束を守れない人が、果たして
他人や未来への約束が守れるものだろうか、と、思うと
道具相手への約束は、もっと守られないのでは、と、思う
コメント